その71 巨大掲示板

2006年のお話)
 
「七色の明日 ~ brand new beat ~」がリリースされて、めでたしめでたし、良いことばかり… かと思ったら、意外なところから、悩むことになる。
 
それまで僕は、「自分が良いと思える作品を書いて、それがいろんなものをクリアして世に出たならば、それを聴いた人達はみんな良い作品だと思ってくれる」と、思っていた。ところが、そういうわけでは必ずしもなかった。
 
これは、曲の良し悪し、とは全く別次元の話で、、アーティストに対して要求しているものが、ファン一人一人、みんな違うのだ。BoAさんの場合、洋楽志向のゴリゴリブラックなものを望んでいる人もいれば、キャッチーな歌謡色の強いものを望んでいる人もいる。アーティストのキャラクターも、クールなカッコよさを求めている人もいれば、明るい可愛らしさを求めている人もいる。また、ファン層も、アーティストに対する思い入れがすごく強い、コアなファンも入れば、「アーティストに拘らず、良い曲があれば聴く」という、ライトな音楽ファンもいる。それだけ深みのあるアーティストだからだ。
 
「七色の明日 ~ brand new beat ~」は、僕は作曲のみ担当だったが、ポップなR&Bに、ビル・エヴァンスなど比較的聴きやすいジャズの要素を融合させた上で、ミュージカルやディズニーランドの世界観を取り入れて、J-POPに昇華させた曲だ。この時点で、ゴリゴリブラックで、コアなR&Bを求めているファン層が望んでいる楽曲とは、かなり程遠い。歌詞も春にぴったりな、前向きで軽やかなラブソングだ。
 
見なければいいのだが、インターネット上の巨大掲示板などを見て、ファンの人達全ての要求を満たすことは、はっきり言って不可能なことだ、ということが、あらためて分かった。
 
(結果的には、「七色の明日」は、BoAさんの代表曲の一つになり、「可愛い」の要素を前面に打ち出した楽曲として、多くの方々に受け入れられたと思う。)
 
しかし、それ以上に、すごく悩んだことがある。いわゆる、「誰々の〇〇という曲に似ている」つまり、「パクリ」疑惑のようなものに、何回か、ネット上で取り上げられたことだ。
 
実は、楽曲を作る時、ある程度意識的に、キメのフレーズやリフなどを、何かの曲を連想させるように作ることはある。それは、洋楽のスタンダードだったり、クラシックの名曲だったり、「誰が聴いても、この曲を意識しているな」と、気づいてほしい時、またそれを発見する楽しみを持ってほしい、と思った時だ。たとえば、アース・ウィンド & ファイアーだったり、スティービー・ワンダーだったり、ディープ・パープルだったり、モーツァルトだったり…  これは、パクリでもなんでもなく、むしろそういう要素も楽しんでほしい、という気持ちからやっている。(ただ、あまりやり過ぎると、原曲があまりにも偉大なことをまざまざ感じてしまうので、注意が必要だ 笑)
 
それとは別に、絶対にやってはいけない、悪質なパクリは、、、自分にとって全く思い入れがないけれど、ここ数年で流行った楽曲のフレーズやアイデアを、巧妙に盗用する、ということだ。
 
僕は、つい数年前まで、ラジオから録音したカセットテープや、レンタル屋さんで借りたCDアルバムを録音したMDなど、全て捨てずに置いていた。(時代の流れもあり、今は全て処分した) 曲を作る際、少しでもメロディの動きが、何かに似ているかもと気になったら、すぐに確認できるようにするためだ。もし似通った動きがあって、それが自分の中でアウト、と思った時は、メロディは変更している。
 
「七色の明日」がリリースされた時、、、いろんな楽曲に似ている、という投稿を何回か目にした。よくもまあ、こんなところから似たフレーズを見つけてくるな、とある意味感心してしまうこともあった。
 
面白かったのは、ある昭和の少女アニメの主題歌の間奏部分に、サビが似ている、と指摘されたこと。「こういうのは聴く人が聴くと分かってしまうので、気をつけてほしい」と、鬼の首を取ったかのように書かれていたが、僕がこの曲を書く時に意識した音楽は、前述した通りだ。(アニメ主題歌自体は、大御所の先生が書かれている、素晴らしい楽曲だ)
 
とはいえ、この頃は全くこういったシチュエーションに慣れていなかったため、指摘された曲を聴いてみて、少しでも似ている箇所があると気にしたり、なにか悪いことをしてしまったのではないか、とか、何かに似ているからあまり価値はないのかとか、今後曲をリリースしたら、毎回こんなことを言われなければならないのか、同業者で僕をよく思っていない人がいて書いているのではないか etc… すごくいろいろなことを考え、ちょっと神経過敏になって、曲を作ることがこわくなってしまった。
 
 
ある時期に吹っ切れ、何も思わなくなった。こういう経験はなかなかできることではないのだ。曲が売れるからこそできたのであり、そう思えば、これはこれでとても貴重な経験だったと思う。

 

 

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