バンドをやり始めて思ったことは、例えばギタリストの場合「ギター・ヒーロー」という言葉があるように、それぞれ担当している楽器の「特別な存在」をもっている人が多かった。ギターなら、ジョー・ペリー(エアロスミス)、イングヴェイ・マルムスティーン、スティーヴ・ヴァイ・・・ ドラムだったら、テリー・ボジオ、ジェフ・ポーカロ(TOTO)、イアン・ペイス(Deep Purple)・・・ といった具合に。
みんな、尊敬する人のプレイに憧れ、フレーズやフィルを真似たり、その人のインタビューを読んで、考えに傾倒したり練習の参考にしたり。。。しかし、キーボードで「ギター・ヒーロー」的な人が、僕にはいなかった。
好きな音楽はたくさんあるが、それを演奏しているキーボードの人達は? ジョン・ロード(Deep Purple)、デヴィッド・ペイチ(TOTO)、デヴィッド・フォスター、それとも、和泉宏隆(T-SQUARE)さん? みんな音楽もプレイも大好きだったのだが、その方々を「ギター・ヒーロー」的な存在として公言するのは、他のパートへの対抗意識が見え見えで、すごく無理して背伸びしている感がした。
そんな中、丁度ジャズファンクバンドを練習していた頃、CD屋さんで、一つのアルバムが目に付いた。端正でダンディな白人紳士が、黒いスーツでキメて上半身写っている。アルバムタイトルは、「Shaken Not Stirred」、アーティスト名は「David Benoit(デヴィッド・ベノワ)」、ピアニストだった。
「なんか前に、FMラジオですごくカッコ良い曲が流れた後、この人の名前が紹介されたなあ」と思ったが、勘違いかもしれない。迷った末、ジャケットに惹かれて、買ってしまった。当時、まだこの人の名前は、日本ではあまり知られていない。
David Benoitさんは、カテゴリー的には、フュージョン、ジャズ、ニュー・アダルト・コンテンポラリー、というところに当時は属していたが、聴いてみると、それまで聴いた、どのフュージョンやジャズ寄りの音楽とも違っていた。
簡単に言ってしまえば、それまで聴いてきたジャズ系の多くは
「俺ってすごいだろ、カッコ良いだろ、だから俺の演奏をよく聴けよ!」
という印象で、またそれが実際カッコ良いから好きになる、というのが多かったのだが、Benoitさんの曲、演奏は、
「僕は、こんな曲ができて、こんな演奏ができて、すごく楽しいんだよ、だからみんな聴いてね!」
という印象を受けたのだ。
演奏技術で気付いたのは、一つ一つの音だけ見ると、意外と荒っぽいところがあるのだが、それを線に繋げてみた時、ものすごく美しい音を奏でている、ということだ。おそらくクラシックピアノを幼少から練習しているタイプの音ではないが、なんでこんなに美しいんだろう。
表面的には美しさ、繊細さを前面に出しているが、かと言って、よくありがちな、いかにもイージー・リスニングです、というような、お行儀の良い演奏ではなく、ところどころにやんちゃというか、ワイルドな要素が見え隠れしていた。それがまた、本当に魅力的だった。
それから、いろんなアルバムを聴いて、Benoitさんは、僕の中での「特別な存在」になっていった。聴いているうちに、ラジオやテレビで聴いたことのある曲がすごく多いことに気付いた。名前は日本ではあまり知られていないが、楽曲はそれなりに浸透していた。また、ジャズ、フュージョンに限らず、AOR、ブラック・コンテンポラリー、R&B、映画のサントラ、アニメ(チャーリー・ブラウンetc…)、そして交響曲etc… ありとあらゆる音楽を当たり前のように書いて、演奏している人だった。それでいて、どんな時でもちゃんと自分の個性をしっかり出している。(日本では、吉田美和さんのソロツアーで演奏したこともある)
作曲家を目指す時に、ちょっとラッキーだったのは、当時「David Benoitに憧れてプロになりました!」という人が、ほぼいなかったことだ。おかげでなんとなく、空いていた椅子に座れたところがある。今、楽曲を作る際にも、ところどころ影響を受けているかもしれない。