なぜ自分の楽曲のメロディは、素晴らしく聴こえるのか?

作曲家あるあるで、「自分の作った曲は、すごく良いメロディだ。他の作曲家と比較しても優れている」というのがあります。
もちろん、プロとして仕事で曲を作っているわけなので、趣味で音楽に親しんでいる人よりは、気持ちの良いメロディを書ける人が多いと思います。
面白いのは、第三者から見てどちらかというと、メロディメーカーとしてよりトラックメーカーとしての色合いが強い人でも、「良いメロディを書く」という部分に、すごくこだわりを持っていたりします。
私はどちらかというと、自分にあまり自信がない方ですが、それでも、そういう気持ちを持っていないかというと、やはり持っています。(私の場合は、どちらかというとアレンジ面で評価されるようになりたい、という気持ちが強いかもしれません。アレンジの方が、後から上達させたので。)
しかし、もし、本当に、自分のメロディが一番であれば、(そのメロディにふさわしい、アレンジ、歌詞、仮歌が入っていて、発注内容も満たした楽曲と仮定して)大きなコンペティションで、かなりの確率で、他の作曲家さんに勝つはずなのですが、どうもそのようにはいかないみたいです。実際は、勝ったり負けたり、、、負けることの方が多いかもしれません。
じゃあ、作曲家さんは、みんな「俺が一番だ」と、プライドが高くて、勘違いをしている人ばかりなのでしょうか?
私は数年前に、右耳を患ったことがありました。普段は調子が良いのですが、今でも時々、状態が悪くなる時があります。低音があまり聴こえなくなり、その分、倍音成分が目立って聞こえるため、キンキン聴こえたり、半音低く聴こえたりします。
そんな時に、自分の今までに作ったストック曲を聴いてみると、、、普段良いメロディだと自信を持っていた曲が、すごく変に聴こえて、ショックを受けたことがありました。
つまり、普段と違う状況で聴くと、同じ曲でも、印象が全く変わるのです。
因みに、いわゆるスタンダードと呼ばれている名曲を聴いた時はどうだったかというと、、やはり名曲は名曲のままでした。
私が思うに、、自分の作った曲というのは、デモ段階だと、メロディの構築から始まり、アレンジ、作詞、歌録り、ミックス、プレゼンのための簡易マスタリング、、商品化された曲だと、ここから更にアレンジのブラッシュアップ、マルチアップ、トラックダウン、マスタリングetc… ここまでずっと聴き続けています。何百回、何千回と。つまり、完全に聴き慣れた状態になっているのです。ここまで聴き続ければ、「自分のメロディはキャッチーで覚えやすい」と思ってしまうのも、無理はありません。
また、自分の曲は、自分が今まで聴いてきた音楽の歴史、それらをどうやって含んでいるかなども含め、思い入れが強くなっています。
一方、他の作曲家さんの書いた曲を聴く時は、その時が初めてです。また、その作曲家さんが、今までどんな音楽を聴いてきたのか、それらをどうやってその楽曲に生かしているのか、など、もちろん聴いて分かる場合もありますが、基本的にはほとんど予備知識がありません。
この状態で、「どちらが印象に残るメロディか?」と自分自身に尋ねたら、勝負は決まっています。何百回、何千回と聴いた自分の曲と、一回しか聴いていない、他の作曲家さんの曲ですから。
「じゃあ、良いメロディかどうか、どう判断するの? 判断基準がないと、仕事にならないのではないか?」となりますが、一応、最低限の印象に残る、良いメロディを書くためのノウハウ、というのが、実は存在します。(この内容については、今後書くかもしれません) そのノウハウに沿って、メロディライティングをしていくのです。
多くの作曲家さんはプロですから、水準以上の素晴らしいメロディを書いていることは間違いありません。でも、どれが一番優れているかどうか、という部分は、結局は、聴いた人が判断することではないか、と思います。楽曲を選ぶ人だったり、世に出た楽曲を聴いてくださる、リスナーさんだったり…
もちろん、聴く人によって一番は変わります。なので、大多数が聴いた時に、平均的に評価の高かった曲が、「良いメロディ」の楽曲、なのではないかと、最近は思っています。
そして、自分が作曲する時においての、良いメロディかどうかのバロメーターは、、、ものすごい寝不足だったり、体調が悪かったりの時に、、聴いて良ければそれは良いメロディ、いまいちだったらもっと頑張ろう、、、だと思っています。
(今回、表現として、「メロディ」にするか、「曲」にするか、非常に迷った末、「メロディ」という言葉を使わせていただきました。「メロディ」の中には、旋律に付随する「コード」も含んでいます)

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