その42 陽気な二人のガーナ人

(2003年当時)
 
こうして、スペルラヴァー社から返事が来て、ようやくコンペティションにも参加できるようになった。
 
トワさんの、プリプロ歌入れの話は素晴らしかったが、タイミングが合わず(楽曲が決まってからの製作のスケジュールは、基本かなりタイトなため)、流れてしまったが、それでも、トップクリエイターにそう感じていただける歌い手さんだったんだなと、自分が良いと思った人が評価されたことに、素直にうれしかった。
 
しばらく、J-POPの作曲活動は、レコード会社へのプレゼンと、スペルラヴァー社からのコンペの、同時進行になるのだが、、同時期に別の場所で、ちょっと痛い目(?)にあった話があるので、そちらを何回かに分けて書こうと思う。
 
今までの経験上、焦っている時ほど、いくつか手堅い場所を確保して、どっしり地に足を付けて、行動することが大切だと思うが、それに反して、実際は焦っている時ほど、「何とかしなきゃ・・・」という気持ちが強くなって、いろんなことに手を出して、あまり良い結果が得られないことが多い。これもそういう時期の話だ。
 
いろんなところにデモCD-Rを送って、数社から返事が来ていた頃、数年前にちょっと仕事した事務所(悪徳オーディションのところではない)から、電話がかかってきた。
 
「最近どうよ?」
 
そこの社長も、人は良さそうだが、短気でそそっかしいところがあり、相手の力量や実績を見て、接し方をやや変えるタイプの人だった。(とはいえ、僕は結構可愛がられていたと思う) そして、その社長も、実年齢よりずっと老けて見える人だった。
 
そこ関連で前に仕事した時は、まだF先生に音楽製作を習っていなかった。あるアーティストのライブでバンド形式で演奏したのだが、、自分的にはかなり散々な出来で、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。それでも、また電話していただいたことはありがたく思った。
 
最近の近況で、いろんな事務所からデモの返事が来ていることを伝えると、喜んでくれて、そしてこういった。
 
「実は、、子どもの歌関係で、元お相撲さんに歌を歌わせたいんだけど・・・ 曲作ってもらえないかな?」
 
仕事、実績が本当にほしい時だったので、「ぜひやらせてください」と申し出た。そして、何週間かかけて、子ども向けの相撲の歌を、2曲完成させた。
 
しかし、なぜか(おそらく大人の事情で)お相撲さんはその企画から外れた。じゃあ、誰が歌うのか?
 
「実は、自分の友達で、日本でお店を経営しているガーナ人が二人いるんだけれど、、その二人に歌わせたいんだよね。陽気なガーナ人の黒人二人が相撲の歌を歌ったら、面白いだろ?」
 
え、、、そんな近場で済ますのか? オーディションとかしないの?
 
「その方たちは、日本の歌を歌えるんでしょうか?」
 
「いや、全くの素人だから、ぜひノイちゃんに歌のレッスンも頼みたいんだ。でも、二人とも、カラオケで演歌歌うと上手いんだよね~」
 
そして、こう続けた。
 
「目標売り上げは、6,000万枚だ。マネージメント料も取らないから、曲の印税は全部君に入るよ」
 
え、、、6,000万枚? ジャネット・ジャクソンか何かの間違いじゃないのか?
 
6,000枚ですか?」
 
「いや、6,000万枚だ。日本にいくつ小学校があるか知ってる? 小学校の父兄さんや関係者みんながCD買ったらどうなる? 小学校の運動会で、毎回使われるような曲にしたいんだよね。」
 
なんか、どんどんわけの分からない流れになってきた。でも、僕は売り上げの相場とか当時はよく分からないから、業界の人が言うのだから、実際にそれくらい売れるのかもしれない。
 
元お相撲さんが歌えなくなった時点で、ことがスムーズに運びそうな雰囲気は限りなく減ったが、楽曲も歌詞もできているし、、とりあえずこれは進めていかなければいけない、そういう流れになってしまっていた。
 
そしていよいよ、ガーナ人二人の歌と日本語の指導をすることに。場所は都内のスタジオ、ではなく、一人が経営するレストランだ。大丈夫か、この企画・・・

(次回) その43 ティム&スミス

(前回) その41 返事がこない!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。必須項目には印がついています *