その32 曲が変わった!

(2002 〜 2003年当時)

曲作りの制作環境を整え始めて、トラブルだらけでスタートしたが、2003年の年明けくらいあたりから、効果は確実に現れ始めた。

とにかく、「今までと同じような曲(= 未熟な、惜しい曲)は作りたくない」という気持ちでいっぱいだった。楽曲もアレンジも、そこを重視しながら作業していった。

音楽を作る人は、大雑把にいえば、モーツァルト型か、ベートーヴェン型に分かれると思う。自分の場合だが、才能や実力はともかく、それまではモーツァルト型で、最初に書いたメロディが一番で、そこを崩したくない、という気持ちがあった。

しかしこの時期から、最初に良いアイデアが浮かんでも、後から直したら更に良くなると思ったら、元のイメージにこだわらずに、どんどん修正していく方法、つまりベートーヴェン型に切り替えた。「作品が人に認められなければ、何の意味もない」という気持ちから、自然とそうなっていった。もちろん、いくつか手を加えてみて、やっぱり元の一番シンプルな形がよかったね、と最初のアイデアに戻ることもある。

アレンジ面は、曲全体の構成の部分で「とりあえずフルサイズにしなきゃ・・・」という考えから、「どういう構成にしたら、曲の最初から最後まで、聴く人が飽きずに気持ちよく聴けるだろう、感動するだろう?」ということをすごく考えた。もちろん、あまり自分の得意じゃないことをやらざるを得ない時もあったし、それが技術的にできない時はできないなりに、別のアプローチで最善の方法を選択するよう、心掛けた。

また、アレンジは、先生のレクチャーに拠る部分も大きかった。僕の製作途中の曲を聴いていただき、「ここがあまり自分では気に入っていないんですけれど・・・」とアドバイスを求めたら、その場で実際にデータをいじって、可能な限り、適切なアプローチを教えてくださった。

これはすごく重要なことだが、ものを教える側が、自分で実例を出してくれるというのは、とても勇気がいることで、そして教わる側は、ものすごく有り難く感じることだ。同じ正しいことを説明しても、言うだけなのと実際に自分でもやるのは、説得力が100倍違う。(たとえば、子供対象のピアノ教室なんかでも、発表会でちゃんと先生も演奏する、というところは意外と少ないそうだ) これを(特に『作曲』という、良い悪い以外に好き嫌いが入ってくる分野において)自分のためにやっていただいた先生には、本当に心から感謝している。

先生のレクチャーを受け始めてしばらくして、専属作家契約を結んでいた音楽事務所を辞めた。コンペティションのあるアーティストがそれほど多くなかったことや、全く新しい自分になってから、更に可能性のある場所で挑戦したい、と思ったからだ。それでも、最初に自分を認めてくださった場所なので、ちょっとだけ自信になったと思う。

焦りもあったが、希望も大きかった。そうこうしているうちに、自称「どこに送っても返事が来る可能性のある」曲がどんどんたまってきた。しかし、問題があった。曲はあるけれど歌詞がない、そして歌う人がいないのだ。

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