その29 実力がない

(2001年当時)
音楽事務所の専属作家になって、メジャー・アーティストのコンペにも参加できたり、ちょっと良い反応があったり、、希望に溢れているような反面、やればやるほど、痛感することがあった。

クリエイターとしての「実力不足」だ。

メロディはそれなりに良い作品が書けていると思っていた。でも、自分のデモを客観的に聴いてみた時、明らかに巷のCDで聴くようなアレンジ、サウンドではない。

その当時は、今よりもまだ「メロディ重視」なところがあって、時折、ほとんどアレンジができなくても、良いメロディを書ける人が、パッと大物アーティストに曲を提供できたりすることがあったのは事実だ。

でも、それができる人というのは、他に付加価値のある人が多かった。たとえば、シンガー・ソングライターやバンドのメンバーとしても活動しているとか、歌が歌えるとか、作詞作曲セットで勝負できるとか。

僕は作曲以外、何も勝負できるものがなかった。楽曲を提出する際、作詞も一応やっていたが、あくまでもデモとして成立させるために言葉をハメたような歌詞だった。こういうタイプの作曲家は、たとえメロディが良かったとしても、「運」に頼る度合いがものすごく大きくなる。だから、アレンジも含めて実力を付ける必要がある。(今思えば、肝心のメロディも詰めが甘かった。)

制作環境もひじょうに貧弱だった。プロの作曲家になりたいと思っていた割に、そのために必要な機材の知識に疎く、当時のMac Power Book G3に、インターネット社のSinger Song Writer というDAWを入れ、RolandのSC-8820という音源を使って、制作していた。(今思えば、Roland XP-80 を音源として使うべきだった)

Mac版のSinger Song Writerは、オーディオを扱えない。なので、Macではmidiデータを作成し、それをYAMAHAのMD4SというMD MTRを使ってオーディオ化し、そこに歌を入れてデモを完成させる、というやり方だった。機材に詳しい人なら、この環境がプロとしてかなり足りていないことが、すぐに分かると思う。

足りていないのは機材だけでなく、デモの歌を歌ってくださる人、つまり仮歌ボーカリストさんもほとんどいなかった。いても、皆さん自分のやりたいことの合間に来てくださるので、どうしてもデモを完成させるのに時間がかかる。自分でも歌ったり、女性の歌ならボイスチェンジャーを使って、フォルマントをいじって、女性の声に変換したり、、、そんな工夫もしてみたが、やはり本当にしっかり歌える人に歌ってもらう方が出来は数段良い。

アレンジ面で言えば、僕は曲の構成をフルサイズにするのがとても苦手だった。とりあえずフル尺にすればいいや、という感覚なので、全体的に間延びする、間延びしたら、メロディ自体も生きてこない。ただ、当時いろんなJ-POPの曲を聴いて、音の重ね方を研究したので、そういう部分はとても参考になった。

その頃から、業界のいろんな人に出会う機会も増えたが、出会うだけで、そこからなかなか繋がらない。自分にそれに見合う実力も、商品価値もないからだ。

キープになった曲もそこから動きがある気配もなく、、、そうこうしているうちに、事務所で、専属作家の有志を集めて、メジャー・レコード会社からCDアルバムを出す、という企画が始まった。お金は自腹だが、CDは確実に出て、普通のレコードショップにも置かれて買ってもらえる、という。あれ、、、この企画、前にどこかで似たようなのあったような・・・当然、僕はその企画に参加しなかった。(念の為、この事務所自体は、決して怪しい場所ではありませんでした)

「分からないこと、できないことが多すぎる。実力が付かないと、何も進まない・・・」

日に日にそういう気持ちが募り、そこの事務所でやっていくことに情熱が薄れてきた。まずは自分が変わって、作品も変わらなきゃ・・・ 専門学校みたいなところで技術を学べたら良いけれど、お金もないし。

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