その21 対策

オールディーズバンドの仕事も、最初の数回は、「はい、よく頑張りましたね」という感じで、少々大目に見ていただいていたが、同じような演奏がずっと続くと、やはり少しずつ、見る目が厳しくなっていく。

演奏の回数に対して、自分の進歩が追い付いていかないのだ。

あまりに膨大な曲数を、ほぼぶっつけ本番でやらなければならないからなのだが、本当に技術のある人なら「練習をしなくても演奏できるようにする練習」をちゃんとしているので、それでもできる筈。明らかに自分の技術不足だ。

また、キーボードという楽器の特性上、初見や即興だけでなく、使う音色の「仕込み」という部分もかなり重要だ。たとえば、「ボーイズ・タウン・ギャング / 君の瞳に恋してる」のような曲は、ピアノ音色のみの即興演奏では、あの雰囲気は再現不可能だから、適切なストリングスやブラスの音色が瞬時に出せるように、仕込んでおかなければならない。そういう部分も、追い付いていない曲がかなりあった。これは少しでも時間を見つけて、早急にやるしかない。(お店のセッティングは、下段がステージ・ピアノ、上段がシンセサイザーだった)

そして、悔しいのが、いつも同じ場所で同じように間違えてしまったり、譜面を追っていても、同じ場所で見失ってしまったりすることだ。いずれも、曲数がそんなに多くなければ避けられるミスなのだが、分かっていてもやってしまう。

譜面を見失った時は、「おそらくこういうコードかな?」と想像しながら、そのコードに含まれている構成音で、確実に合ってそうな音をとにかく弾いていた。仕事としてやっているのだから、そんな演奏をずっと続けていてはいけない。

「なんとかしなきゃ・・・」と思っている時、運よくGWが近づいてきて、自分の出勤日が一週空いた。頭の中でごちゃごちゃになっている曲達を整理するには、この時しかない。

お店に置いてあるシンセサイザーと同じ機種が、中古でかなり安値で売っていたので、それを買って、頻繁に演奏する曲から、音色の仕込みをした。

よくミスをする曲は大体分かっているので、その曲の譜面のリピートマークなどをしっかりチェックし、構成を把握することを心掛けた。手書きの譜面が多かったので、譜面ごとの筆跡の癖も見直した。

そして、譜面とは別キーで歌う可能性のある曲で、初見だとリスキーなものは、元コードの上に、赤ペンで別キーのコードを書き、キーボード・ソロがある曲も別キーで書き込んだ。できれば、それも初見で行きたいところなのだが、とにかく演奏優先だ。(トランスポーズ機能は使わなかった。トランスポーズを間違えた時、悲惨なことになるからだ)

お客さんがカラオケで歌う曲も、「この人はおそらくこの曲を、このキーで歌うだろう」ということが、何となく分かっている人は、対策を立てておいた。

とにかく、空いている時間は全てそれに費やした。とはいっても、膨大な曲数だから、一週間でできることはたかが知れていた。でも、何の準備もない時よりは、少し心の余裕が出た。

GW明けの出勤日、、ちょっと変化があった。いつも「ああ、やってしまった」という箇所は、かなりクリアできた。途中で、お客様と談笑しているマスターに、おそるおそる「今日は調子どうでしょうか?」と聞いたら、「すごくいい!」と言ってくださった。多少気遣っていただいたのだと思うが、ホッとした。

トイレ休憩の時、洗面所で、先輩のオールディーズ・シンガーさんに出くわした。その方とは、話すのが初めてだった。

「あの、、まだ、入ったばかりで、全然ちゃんと弾けていないかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」

と挨拶した。その方は

「何あらたまって言ってんの! あんたすごく評判いいのよ。」

と言ってくださった。かなり緊張がほぐれた。

 

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