その19 演奏デビュー

初めて、営業で演奏する日が来た。その日はお客さんがかなり入っていた。

最初はドラムの方が歌いながら演奏する、「エンゲルベルト・フンパーディンク / 太陽は燃えている」からだったと思う。(多分) 比較的ピアノは楽な曲で、緊張感がちょっと和らいだ。

数曲をなんとか演奏した後、「スタイリスティックス / 愛が全て」になった。「愛が全て」は、ボーカルのマーヤさんが出てくるまで、同じイントロを延々と繰り返す。この間に、再び緊張感が増してきた。ボリュームペダルを踏んでいる左足が、ガクガク震えてきた。

この後のことは、あまりよく覚えていない。バンド演奏は、相手の持つリズムや、やろうとしていることを予測 & 聴いて、それに合わせていくことで、全体でグルーヴで作っていく。競馬に例えれば、騎手と馬のような関係じゃないかと、個人的に思うのだが、この日の僕はおそらく、落馬しそうになりながら、必死に馬にしがみついている騎手のような演奏だったと思う。

「イーグルス / ホテル・カリフォルニア」を、開き直って、自分の知っているロックのニュアンスで弾いたあたりから、なんとなく落ち着いてきたのは覚えている。

そして最後の曲、「ジャコ・パストリアス / ザ・チキン」で、なんとかその日の営業は終わった。無事だったかどうかは分からない。思ったよりも、時間が短く感じた。

「お疲れ様。最初は皆そんな感じです。これから頑張っていきなさい。」と、お店のマスターから、労いの言葉をいただいた。

ドラムの方からは、思いの他、初めてにしてはリズム感が良かったことを評価していただき、「あとはキーのトランス(移調)だね」と言ってくださった。

これからどう頑張ろうとか、考える気力はなく、とにかくホッとした。早朝の電車に乗って家に帰宅して、何もやる気がなくそのまま眠った。

このお店で演奏すると、当時は「ジャズ・ライフ」という雑誌の、ライブ・インフォメーションに、演奏者の名前が載った。あまり人には言っていなかったけれど、何人かの教えた方々は、この雑誌に僕の名前が載ったことをすごく喜んでくれた。

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